英語で聖書を読んでみよう

Since you are precious and honored in my sight, and because I love you ・・・

( Isaiah 43:4)

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」

(イザヤ書43章4節)

皆さんは何に自分の価値を見出していらっしゃいますか? 大学に入ることですか?それとも会社に就職することでしょうか?
またはYouTuberデビューし、多くのfollowerを獲得することでしょうか? あるいは、自分の得意分野で目覚ましい活躍をすることですか?

SOME TIPS TO DEEPEN YOUR LIFE (1)
 
~皆さんの存在価値はどこにありますか?~

ある新聞の記事に、インスタグラムやフェイスブック(現在メタと改名)が今どきの若者に与える影響について書かれていました。インスタやFBには、世界中のセレブや著名人が自分たちの生活ぶりをアップしています。あるいは、加工され、一部が強調された画像が掲載されています。すると若い人ほどそれにショックを受けるというのです。自分の現実と仮想空間の現実とのギャップの大きさに衝撃を受けるのです。それにより、自己肯定感を低下させてしまう若者が増加しているという内容の記事でした。

ひと昔前までは、人は何か秀でた才能や資質があると、その人の住む、限られた狭い地域で注目を浴びました。ですから、自分にはこんな才能、こんないい面があるんだなぁ・・と思うことが可能だったのです。ところが今の時代は、人生経験の多少にかかわらず、ネット上の情報が相手であり、それを通して自分の価値を眺めることになってしまうのです。

ですから、いくら自分が幸せだと思っていても、インスタやFBに溢れている世界中の著名人たちの幸せな姿や生き方を見せつけられると、自分の良さを肯定できなくなるのでしょう。特に人生経験の少ない若い方々はアイデンティティ不安に陥ります。つまり、自分が何者なのか?自分がどのような価値をもっているのか?がよく分からなるからです。

これはSNSに限ったことではありません。私達は、毎日を生きていく際に、往々にして、周囲との比較というメガネを通して、自分の価値を決めてしまいやすいのではないでしょうか?

私にも同じような経験があります。私には弟がいて、彼は超有名企業の社長をしています。実は、彼の社長就任の報に接した時、驚きと喜びと同時に、その時は、何故かは分からなかったのですが、私は自分だけが置いてきぼりを食ったかのような、言いようのない焦燥感に包まれました。立ち直るのにしばらく時間を要しました。今考えると笑ってしまいます。

人はこのように周囲との比較の中に自分の価値を見出そうとする限り、私たちは常に不安・恐れ・焦燥感と隣り合わせの人生を送らざるを得なくなるのではないでしょうか?
また、何かを達成したり、何かに成功したりすることにだけ自分の価値を見出そうとしてもやはり不安と裏腹の日々を送ることになりかねません。

私たちの存在価値やアイデンティティは、そういったものでは決められないものだと感じています。

皆さんは何に自分の価値を見出していらっしゃいますか? 大学に入ることですか?それとも会社に就職することでしょうか?またはYouTuberデビューし、多くのfollowerを獲得することでしょうか?あるいは、自分の得意分野で目覚ましい活躍をすることですか?

それらも確かに素晴らしいことですね? でも私は、時代が変わり、文化や流行が変わっても、どんなに他人の評価が変わっても、自分が成功しようと失敗しようと、決して変わることのないものに自分の価値を見出さなければならないと感じています。

そして、聖書はその答えを見出す助けとなると思っています。

聖書は私たちの存在価値について何と言っているのか?に耳を傾けてみませんか? きっと、今まで知らなかったアイデンティティを見出すきっかけを与えてくれるかもしれません。

例えるならば、それはコマの軸のようなものです。その軸がしっかりしているなら、そのコマは無限に回り続けます。あなたのアイデンティティは最高にゆるぎないものとなっていきます。そこに生きる意味と価値が生まれてきます。