エッセイを書いてみる
さきほど、時々通っているわが町の図書館で、フィンランドの英語教育について書かれた本を偶然手にとって立ち読みしてみた。筆者は日本人である。
フィンランドに留学(多分そうだったのでは?と勝手に想像している)中の筆者が、フィンランドでは英語の学習がエッセイで始まり、エッセイで終わることに注目し、
ご自身も同じことをされ、次第に英語力が伸びていったことを書いておられた。
最初の内は、日本語で考えたことを、辞書を頼りに英語に直していったそうである。しかしそれではジャパニーズイングリッシュの域を出ず、次第に英語で考えながら書き始めたそうである。その都度先生に添削したもらう中で、彼は少しずつ英語の発信力をつけていかれたとのことであった。
ある時、自分の周りにいた海外の留学生たちの喋る英語が、今までは尊敬のまなざしをもって見ていたのが、次第に自分とそんなに変わらないレベルの英語でしかないことに気づき始め、自信をつけられたとのことである。
ところで、現代は生成AIの時代である。自身の書いた英語をAIにチェックしてもらうことなど、朝飯前の時世になった。これを利用しない手はない。
日常会話を学ぶことも素晴らしい学習ではある。でも、やはり発信力の基本はエッセイを「書く」ことにあると思う。
最初は遅々として伸びずとも、継続するうちに、学習者の発信力は群を抜くのではないだろうか?
今日は別の用事で図書館に出かけていったのだが、思いもかけず良書に出会った感じである。これこそ図書館の醍醐味なのだろうと感じた次第である。
